相続には遺留分という制度があります。しかし、具体的な中身についてはご存知ない方が大半だと思います。本記事では、遺留分の基本について弁護士が説明します。
1 遺留分とは
遺留分とは、最低限の遺産取得分のことで、一定の法定相続人に認められています。これは、遺産がもらえなさそうな場合や、極端に取り分が少ない場合に、最低限でも遺産を相続するための制度です。遺留分を有する相続人と、その割合については民法1042条に規定されています。
2 遺留分を有する相続人
遺留分は法定相続人全てに認められているわけではなく、一定の範囲の相続人のみ
に認められています。遺留分を有する相続人のことを遺留分権利者といいます。
遺留分権利者となる相続人は「兄弟姉妹以外の相続人」です。つまり、被相続人
の配偶者、直系卑属(子供や孫などの直系の子孫)、直系尊属(親、祖父母などの直系
の祖先)が遺留分権利者となります。
⑴ 遺留分を有しない相続人
被相続人の兄弟姉妹は、法定相続人ではあるものの、遺留分を有しない相続人になります。そのため、兄弟姉妹は、相続分が侵害されたとしても、遺留分を主張することができません。また、内縁の夫/妻にも遺留分は認められていません(相続分も認められません)。
⑵ 遺留分割合
遺留分の割合は、総体的遺留分、相続人の数によって異なります。まず、総体的遺留分を求め、その後、遺留分権利者ごとの遺留分割合(個別的遺留分)を計算します。
総体的遺留分とは、遺留分権利者全体が相続財産に対して有する遺留分の割合のことです。総体的遺留分は、相続人が誰であるかによって割合が異なります。
直系尊属だけが相続人の場合は、相続財産の3分の1、それ以外の場合は、相続財産の2分の1です。例えば、遺産総額が3000万円の場合、総体的遺留分は以下のようになります
直系尊属だけが相続人の場合3000万円÷3=1000万円
それ以外の場合3000万円÷2=1500万円
遺留分権利者が複数いる場合、総体的遺留分に各相続人の法定相続分を掛けることで、個別的遺留分を求めることができます。
例えば、遺産総額が3000万円で、遺留分権利者が被相続人の配偶者、その子
供3人の場合、個別的遺留分は以下のようになります。
総体的遺留分3000万円÷2=1500万円
配偶者の個別的遺留分1500万円÷2=750万円
各子供の個別的遺留分1500万円÷2÷3=250万円
3 遺留分侵害の対象
遺留分侵害の対象となるのは、遺贈、贈与(死因贈与、生前贈与)です。以下で、それぞれについて簡単に説明していきます。
⑴ 遺贈
遺贈とは、遺言により、財産を特定の人物に無償で譲ることを言います。財産を譲る相手は、相続人でも相続人以外の人物でも構いません。
⑵ 贈与
贈与とは、財産を無償で譲ることを言います。「贈与契約」を締結することで効力が発生します。
贈与は2種類あります。
ⅰ 死因贈与
死因贈与とは、被相続人の死亡を原因とする贈与契約のことです。例えば、「A(被相続人)が死んだら、家を配偶者Bに贈与する」という契約がこれに当たります。
ⅱ 生前贈与
生前贈与とは、被相続人の生前に財産を譲る贈与契約のことです。例えば、「2020年●月●日(Aの生前)、A(被相続人)は子Cに1000万円を贈与する」という契約がこれに当たります。
4 遺留分の請求相手
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)の相手方とは誰になるのでしょうか?これには順番が定められており、それに従う必要があります。以下で、具体的な順番を見ていきます。
⑴ 遺贈と贈与が行われた場合
遺贈と贈与の両方が行われた場合、まず、遺贈を受けた人に対して遺留分の請求を行います。それでも不足している場合は、贈与を受けた人に対して請求を行います。
⑵ 遺贈が複数行われた場合
遺贈が複数行われた場合があります。この場合は、遺贈を受けた人全員に対して、公平に請求すべきだとされています。遺贈を受けた人が得た利益に応じた請求を行うことになります。
⑶ 贈与が複数行われた場合
贈与が複数行われた場合があります。この場合は、相続開始時(被相続人の死亡時)に近い時期に贈与を受けた人に優先的に請求することになります。
死因贈与と生前贈与の両方がある場合は、死因贈与が優先されます。つまり、死因贈与→時期が近い生前贈与→時期が遠い生前贈与の順番に請求することになります。
5 遺留分の請求方法
遺留分を請求するためには、遺留分侵害請求を行う必要があります。これは、2019
年7月1日以降に相続が発生した場合の方法です。それ以前の相続については遺留分減
殺請求をすることになります。
⑴ 遺留分侵害額請求
2019年7月1日以降に相続が発生した場合、遺留分侵害額請求を行います。これは、遺留分を侵害した相続人に対して侵害額をお金で支払うよう請求するものです(民法1046条1項)。遺産の現物そのものではなく、金銭で解決するという制度になっています。
⑵ 遺留分減殺請求
2019年7月1日以前に相続が発生した場合、遺留分減殺請求を行います。これは、遺産の現物そのものを遺留分に従って分割するという制度です。遺産が不動産などの分割しにくいものである場合、遺留分を請求しても、実際には遺産の取得が難しいという問題があります。
6 請求手順
⑴ 相手方に請求する
遺留分侵害請求は、遺留分を侵害している相手方に請求することで効力を発揮します。相手方に遺留分を支払ってほしいと伝えた時点で、相手方には遺留分の支払い義務が発生します。口頭で伝えても有効ですが、後のトラブルを避けるために書面で通知することをおすすめします。
具体的には、遺留分侵害額の支払いを請求する内容証明郵便を相手方に送ります。この内容証明郵便が相手方に到着した時点で、遺留分侵害成就の法律効果が発生します。このとき、必ずしも遺留分の具体的な金額を明らかにして請求する必要はなく、遺留分侵害請求をすることを伝えるだけでも十分です。
⑵ 話し合い
相手方がすぐに遺留分侵害請求に応じるとは限りません。そこで、実際には、請求後、相手方と話し合いを行う必要があります。
話し合う内容は、遺留分侵害額を相手方がいつ、どのようにして支払うのかが中心になります。遺留分侵害請求は金銭での解決になるので、侵害分を何で支払うかについて話し合う必要はありません。また、話し合いの方法は、請求する本人と相手方が話し合うだけで大丈夫です。相続人全員が集合する必要はありません。直接対面で話し合うのではなく、電話やメールなど文書でのやりとりでも可能です。
⑶ 合意書の作成
話し合いがまとまったら、合意書を作成しましょう。これは合意が成立したこ
との証明になります。後のトラブルを避けるためにも必ず作成しましょう。
また、公正役場で公正証書を作成することもできます。ただし、費用がかかることに注意しましょう。
⑷ 調停
話し合いがまとまらない場合、家庭裁判所に遺留分侵害額の請求調停を申し立てることもできます。調停では、家庭裁判所の調停委員2名が間に入って話し合いをすることになります。調停委員からアドバイスを交えて話し合いが進められるため、解決しやすくなります。
調停で合意が成立すると、調停調書が作成されます。相手方がこの調停調書に従わない場合は、相手方の財産を差し押さえることができます。
⑸ 裁判
調停でも合意が成立しなかった場合は、遺留分侵害額請求訴訟を起こすことができます。判決が出ると、それに従って相手方に支払いを命じることになります。また、裁判の途中でも、話し合いによって和解することができます。和解が成立した場合、裁判は終了になります。
裁判では、適切な法的主張と証拠の提出が必要になります。裁判を起こすときは、弁護士に相談することをお勧めします。
7 時効
遺留分侵害額請求には時効があります。時効期間が以下のいずれかになります(民法1048条)。
・相続開始と遺留分を侵害された事実を知ってから1年
以上のいずれかの期間を経過してしまうと請求ができなくなってしまいます。この期間内に請求を行いましょう。
8 遺留分の放棄
遺留分は放棄することができます。ただし、相続発生前と後で手続きが異なるので、どちらに当てはまるのかを確認しましょう。
⑴ 相続発生前
相続発生前、つまり、被相続人が存命の時点で遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可が必要になります(民法1049条)。
家庭裁判所は、あらゆる事情を考慮し、遺留分の放棄を認めても良いか判断します。遺留分放棄は申し立てれば必ず認められるというものではなく、申立が却下されることもあります。
遺留分は相続において最低限の取り分を保証した制度です。安易に放棄することはやめましょう。
⑵ 相続発生後
相続発生後に遺留分を放棄する場合は、特別な手続きは必要ありません。遺留分権利者が、遺留分侵害者に、遺留分を放棄することを伝えれば終了です。トラブルを避けるために、放棄する旨を書いた書面を作成することもあります。
⑶ 放棄の撤回
遺留分を放棄した場合、原則として放棄を撤回することができません。例外として、相続発生前に放棄し、家庭裁判所から遺留分放棄撤回の許可を得ることができた場合のみ撤回が認められます。撤回が認められるかは個々の事情によって異なり、認められるのはかなり厳しいというのが現実です。
9 遺留分請求されたが、支払うお金がない
遺留分請求された場合、遺留分を金銭一括で支払う必要があります。しかし、金銭が手元になく支払いができないということは多々あります。このような場合はどうすれば良いのでしょうか?
この場合、支払い期限の許与の請求を裁判所にするという方法が考えられます(民法1047条5項)。期限の許与とは、裁判所が相当と認めた期間について、支払い期限を伸ばすことができるというものです。期限の許与を受けるためには、裁判所に訴訟を提起する必要があります。
また、遺留分権利者からの遺留分侵害請求を無視していると、遺留分侵害額請求訴訟が相手方により提起される可能性があります。さらにこの訴訟を無視すると、最悪の場合、財産の差し押さえが行われることがあります。
たとえ金銭で支払えなくても、遺留分権利者からの請求は無視せずに、弁護士に相談しましょう。
10 おわりに
遺留分は相続分野の中でもトラブルの原因になりやすいものです。遺留分額の計算など専門家でないと判断が難しいため、自力で解決しようとせず、迷わず弁護士に相談しましょう。
記事の監修者:弁護士 川島孝之
アロウズ法律事務所の代表弁護士川島孝之です。
これまで多くの相続事件を手掛けてきました。職人としての腕と、サービス業としての親身な対応を最高水準で両立させることをモットーとしています。